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#エッセイ 「私と共存する私」より 3/4

  • 執筆者の写真: E N
    E N
  • 2024年8月28日
  • 読了時間: 2分

iii. 記憶



その数分のことは、ものすごく鮮明に記憶されている。

 

 

よく研いだ包丁は、血管が透けて見えるほど薄くて青白い私の肌をいとも簡単に切り開いた。

 

けれどすぐに、このまま左手が使えなくなるほど深く切ってやることはできないと悟った。

 

 

また私は、「できない」のか。

 

 

苛立ちと絶望感で、空間という空間が破裂しそうだった。

もはや何が現実かもわからないほどの苛立ち。耳鳴り。眩暈。

 

 

私は、私の抱える苦痛が現実だと確かめるためにこうしているのか。

それとも他に私が生きられる現実があると信じて、ここにいる私を無くしてしまおうとしているのか。

 

 

どちらにせよ、今私の生きているのはこの瞬間でしかなく、この瞬間はあまりにも苦痛すぎる。

 

 

さっきよりも早いペースで、手の別のところを同じように切っていく。

 

手の甲のカーブに刃を押し当てながら、強く引く。これが一番綺麗に切れる。

 

 

しかし、手首の内側には刃は向かわない。

 

死ぬために切っているのではない。

それはもう一人の私も承知しているらしい。

 

その逆。生きるのがどれだけ辛いか実感するために切っているから。

 

死ぬなんてものすごく怖い。怖いしそうしたら終わりでしかなくなってしまう。

 

生きるために切る。

絶対に誰からも理解されないこの原理、私の中では一番しっくりくる。

 

 

いくつもできた傷を、今度は順番に、確かめるように上から何度も切る。

 

激痛と共に泣き叫ぶ度に、身体の中に溜まったどす黒いヘドロが

真っ赤な血で浄化されていく。

 

 

 

 

 

 

これでいい。

 

今の私の弱さはこれだ。私はこれ以上の何かには、なれないのだ。

 

 

 

 

ここで初めて、お気に入りのヨガマットが真っ赤に染まり、

赤い手袋をはめているかのように左手が血で覆われていることに気づく。

 

 

 

 

おつかれさまだ。

眠気が襲う

 

 

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