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#エッセイ 「私と共存する私」より 2/4

  • 執筆者の写真: E N
    E N
  • 2024年8月28日
  • 読了時間: 2分

ii. 乖離



四月二十二日 (月)   母とのラインより


   一四時二〇分




   めきたった


   きった

  

 (写真三枚)


  


(母)なんでー

   止めて、血を

   だめだよ

   行くから待ってて

  (音声通話 四九秒)


その翌日、形成外科に行って、左手の甲を八針縫った。

傷は真皮に達していて、感染症に気をつけるようにと医者は言ったらしい。



そしてその後、病院の隣に住んでいるばあばに会いに行って

一緒にお昼ご飯を食べ、死んだじいじの仏壇の前で

一時間半ほど昼寝をして、帰宅したらしい。



その翌日の昼、私は酒で薬をオーバードーズし、

実家のキッチンの高い包丁を使って左手を切りまくって、

二十三針を縫う自傷をした。

血まみれで寝落ちしている私を発見したのは、

家政婦のおばちゃんだったらしい。



その翌日の夜、二十三針塗ったところを全てハサミで切り開け、

さらに傷を深く、広げるように切った。




この3日間のこれらの記憶は、ほとんどない。

この3日間のことは断片的にフラッシュバックすることはあっても、

家族から聞いた話でしか知らない。



「乖離を起こしたんだね」と主治医は言った。



その昔、私は境界性人格障害と診断され、

当時は一番症状が著しかった。


私はその三年ほどの記憶がほとんどない。

それも乖離だったらしい。


それに比べたら短期だけれども、

ストレスからの防衛本能で記憶がぶっ飛んでいる、ということ。


境界性人格障害の患者は、三十を過ぎると

症状が緩和される(というか消えていく?)と読んだことがある。



でも私は今まで、縫うほどの傷を負ったことは一度もなかった。



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